人生の換え難き時期が青春期だとするならば、その時期でなけれは制作不能の思われる映画の典型として私は此の映画を挙げる。
若きデヴィッド・リンチが5年の歳月をかけて、自身が監督・脚本・美術・編集をして作りあげた1977年(米国公開)の映画だ。
この映画は、深夜の映画館で一部の若者たちに熱狂的に支持された、いわゆるミッド・ナイト・カルト映画の典型と言われたりする。当然なことだ。
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青春とは何か?
青春とは、自身の内部に在るモノを、とことん突き究める「一途さ」だと私は思っている。
其の「一途さ」は換言すれば「自己への盲信」だが、その「盲信」こそ青春の特権だと私は思う。
人は歳を重ねるにつれ、人世のアカ(良く言えば知恵)が付着していき、青春の持つ、そのような「一途さなり自己への盲信」を失っていく。いわゆる「まるくなる」のだ。
では此の映画の「一途ささ」とは何か?
それはデヴッド・リンチの頭の中に在るイメージを徹底的に追及し其れを映像としてイメージ化する、そのような行為の「一途さ」だと私は思う。
だから此の映画には商業的な成功や、更に観客の存在すら一切眼中になく、自身の持つ内的イメージの徹底した映像表現の追及、それしか存在しないように思える。その徹底ぶりは痛快ですらある。
此の映画は、デヴッド・リンチによる、デヴッド・リンチためだけの、デヴッド・リンチの動く絵画集であり、それ以外の何物でもない。
このように徹底した自己満足による究明を行う・・・それこそ青春の特権と言えるのではないか。
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但し還暦過ぎて、此の映画をご覧になっていない方は、ご覧にならない(←タイプミスではない)、ご覧にならないことを勧める。 私が以下の感想をもつようになったのは此の映画を数回観た後の感想だから。
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