2014年10月22日水曜日

「張り込み」(1958,野村芳太郎)

昭和33年公開の映画だ。

『歌は世につれ、世は歌につれ』と言われたりするが、ここでの歌は唄と書いたほうが合う。自分史における流行唄は其の当時の自分及び自分を取り巻く世俗を、まざまざと思い出させる。 掲題の映画も其の映画に描かれた世俗風景を、自身の追体験として、まざまざと思い出させるモノの一つだ。

この映画は1958年(昭和33年)製作だが、映画に描かれる世俗風俗も昭和33年あたりを時代背景としており此の時代の世俗も丁寧に描写している。昭和33年と言えば私が中学一年生だったが、いろいろな意味で我が半生の節目の一つと言ってよいだろう。

そういう意味で此の映画は私にとって貴重な映画と言える。後年、此の映画をみるとき『ああ、そうだったたな』と懐かしく当時を振り返ることができる。

例えば、以下の場面。(但し、この映画は随分昔みたきりで再見していないから記憶違いがあるかも知れない。)

ベテラン刑事(宮口精二)と新米刑事(大木実)が横浜から九州へと向かう三等列車に乗り込む場面がある。時節は真夏で、新幹線はおろか、車内にクーラーなど無かった時代の話だから、此の場面での列車内の人混みの汗臭さ、鬱陶しさ、雑踏さは、私は実に生々しく思い出せる。

この二人の刑事は犯人の知人宅の向い側にある安宿の二階の部屋に泊まる。その部屋からは犯人の知人宅が丸見えで張り込むのに最適だったからだ。

その知人というのは実は犯人の元恋人で現在は年配な男の後妻となっていた(高峰秀子が好演)。此の元恋人を犯人が訪ねてくるに違いないと刑事たちは、にらみ張り込んだのだった。

この元恋人(高峰秀子)が買い物に出かける場面がある。素足に下駄履きで、片手に買い物籠を抱え、片手に日傘をさしての、まさに昭和を感じさせる商店街へ出かける。この一連の場面も昭和30年前後の風景・風俗が丹念に描写されていて、私には懐かしい場面だ。

この映画のラストシーンも印象深い。刑事たちに捕えられた犯人(木村功)が刑事たちと佐賀駅に到着した汽車に乗り込むのだが、そのとき其のプラットホームから『サガー、サガー』と駅員のアナウンスが流れる。そのアナウンスの日常性と、犯人の非日常性の対比が、切ないほどに際立っていた。見事な野村芳太郎の演出だった。

この映画は時代風俗の描写の見事さも、さることながら、犯人と元恋人との無念さも見事に描写されていて、映画としても第一級品に仕上がっている。私の忘れがたき映画の一つだ。

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