2014年10月22日水曜日

「翼よ、あれが巴里の灯だ」(1957,B.ワイルダー)

此のちょっとロマンチックなタイトルはビリー・ワイルダー(1957年)の映画の邦名である。

この映画の元の題名、及び、C.A.リンドバーク著作の本の原作名は『The Sprit of St. Louis』で、邦名に比べればミもフタもない単刀直入なタイトルだ。

私は此の映画は少なくとも3回は観ている。
翻訳本も読んだ。

リンドバークって人は英雄には違いないだろうが、私の印象では典型的なエンジニアに見える。

工場( こうば )の片隅で図面を見ながら機械油の染みた作業服を着て、こつこつと機械を眺めスガメつ黙って終日明け暮れているようなイメージの人だ。

私の最も好むタイプの人は、こういう人だ。

時々私はテレビで、紙吹雪が舞うリンドバークの凱旋行進の実写ニュースを見ることがある。

このときの彼は熱狂する人々に向かって、車上で一応手を振り、居心地悪そうな表情で微笑している。

この人は此のような晴れ舞台というものが苦手なのだろう。

日本語訳の本(旺文社)は上下2巻で780頁の本だが( 書き上げるまで13年間かけたそうだ )、その内容は、およそ文学的虚飾とは無縁の、言わば実験報告書のような感じで、いかにも此の人らしい本だ。

この本では彼の愛機を自身の親友のように人格化し、彼と愛機を『われわれは』と表現している。

此の人の人柄がよく出ている映画での場面は、大西洋横断が成功した後、彼は誰も居ない格納庫に収められた愛機に向かってツカツカと歩いていき、その愛機を、そっと撫で、またツカツカと歩き去っていく場面だ。

この場面の彼には自己陶酔も感傷も感じさせない。

それは、あたかも友人の眼をみつめ黙して握手しているような感じだった。原作の味が実によく表現された場面だ。

この原作の本は邦訳で780頁もあるが、以下の言葉で終わっている。

『私は照明灯と格納庫のほうに滑走し始める。・・・しかし、前方の飛行場は走って来る人の波で埋められているではないか ! 』

たった、これだけの言葉で780頁の本が終わっている!!

ここには、後世にも残る冒険をやり遂げた人であるにも関わらず、そのことへの自己陶酔や感傷の片鱗すら感じさせない青春の『すがすがしさ』がある。

ジェームス・スチュアートは陸軍のパイロットの経験があるそうだが、まさに適役であった。ジェームス・スチュアートという人にも或る清明さがあり、リンドバークにも其れがあるからだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿