2014年10月23日木曜日

「ミスティク・リバー」(2003,クリント・イーストウッド)

クリント・イーストウッド演出だってことなのでマンザラ悪くはあるまいと思って、先日BS放送されたのを録画しておいた。で、一昨日観た。
だいたい私は頭が悪いから登場人物が五人程度カランでくると彼らの関係がコンガガッてきて訳が分からなくなってしまって途中で放りなげる←いや此れは本の用語だから適当な言葉ではない。みるのをブン止める。
しかし此の映画は私には稀有なことだが登場する人物たちの関係を、なんとか追ってゆけた。これもクリント・イーストウッドの演出力だろうね。
大体此の人の映画のカメラの動きが私は好き。ゆったりとしてるんだね。
撮影者を調べたらトム・スターンという人のようだ。映画は撮影者もさることながら決定的なのは演出だね。俳優たちも良かったが、彼らの動き、映像の雰囲気等全ては、結局、演出者で力量できまる。その力量が此の映画の随所で見られた。
五月蠅い音楽も皆無なことも良かった。
やはりクリント・イーストウッドは只者ではない。
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アメリカのアカデミー賞って私にはどうでもよいことだが、コトのついでに調べたらクリント・イーストウッドは貰ってないね。作品賞も。この映画の面白さは所詮そんなものには無関係だが。
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早川文庫に原作の本があるそうだが、映画のほうが面白いだろうよ。

私は映画を観たのち其の原作を読んだのは・・・えーと『エクソシスト』と『サイコ』だけかな。前者は映画より面白かったが,後者は全くつまらなかった。ヒッチコックに敵うわけないよな。

2014年10月22日水曜日

その他 (随時追記)

・『素晴らしき哉、人生』

昨日、BS放送で録画しておいた掲題の映画をみた。
ご存知、1946年のフランク・キャプラ監督の映画。
主演は我がお気に入りの一人のJ.スチュアート。 

映画はやはりハッピー・エンドに限る。 たとえ、それがアメリカ映画特有な単純な人生賛歌だとしてもだ。

実は私はクリスマスが近づくと、これまた私の好きな『アパートの鍵貸します』(1960年、ビリー・ワイルダー監督)を思い出す。この映画もアメリカ映画らしい『心暖まる』ラスト・シーンであった。 掲題の『素晴らしき哉、人生』も『心暖まる』ラスト・シーンであった。

勿論、映画は虚構の世界だ。その虚構の世界から、この現実世界の厳しい過酷な真の現実を学ぶのも良いことだが、しかし、冷たい風に震えがちな此の現実の人世において、映画という虚構の世界に立ち寄って『心温まる』のも又有り難い事ことだ。

この掲題の映画はご覧になった方も多いだろう。だからストリーは紹介しないが、この映画の主人公は不思議な体験をする。

近頃の安価なSFよりも、深い人生知を教えられるSF的ストリーが展開する。映画ならでは時間の逆行世界が進行するのだ。

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大変興味深いことだが、現代の理論物理学においては、この映画の「SF」より、はるかに虚構にみえることが、実は主張されている。平行宇宙論がそれだ。

この世には「別の宇宙」がたくさんあって、貴方とまったく同じ人生を歩んでいる「もう一人の貴方」がどこかにいる、という理論だ。

まさに映画の虚構性など問題にならない、摩訶不思議の理論物理学理論の一つなのだ。興味ある人はネットで検索してみるとよい。 ここでは、一つ例を挙げておこう。
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0308/a..
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私の好きな映画『ベルリン天使の詩』(1987年、ヴィム・ヴェンダース監督)での天使は、おじさんであったが、此の映画での天使は、おじいちゃんで、未だ翼をもらえない二級天使?だった。

めでたく翼をもらった、此の、おじいちゃの天使は、人間にはなりたくはないだろうか?

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・『決断の3時10分』

ときどきNHK・BSでは、ちょっとした『拾いもの』の映画をやる。

あまり知られていない( と言っても私だけが知らないだけだろうが )傑作とまでは言わないまでも小味のある映画を放送するときがある。

『この森で天使はバスを降りた』とか『バベットの晩餐会』なども、そのような佳品であった。

なんの気なしに観たのだが、結局、最後まで観てしまって、ちょっと得をしたような良い気分になる。そんな映画に時々出会う。

この掲題の『決断の3時10分』(デルマー・デイビィス監督、1957年)は今日放送されたのだが、最近私はコムズカシイ映画は敬遠していて、何かスカットとした西部劇をみたいと思ってこの映画をみた。

拳銃バンバンのB級西部劇だと思ってみてたら、なかなかどうして、面白いじゃぁないか。

一種の心理映画で、まさに異色の西部劇であった。

ストリーはシンプルだが登場人物の心理的な面に重点が置かれていて、しかもその心理は明るい肯定的光に照らされていたので観た後心地よい気分が残った。

グレン・フォードの地味さも良かったし、あの『シェーン』の少年の父親役だったヴァン・ヘフリンの真面目さも好感がもてた。

時々BSでは、こういう『拾いもの』をやるから止められないのだな。

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映画『グリーンマイル』(フランク・ダラボン監督、2003年日本公開)

久しぶりに録画しておいた映画をみた。映画を観るようになったのだから私も、それなりに元気になったようだ。

映画の内容は省略。

Wikipediaで死刑について調べたら、現在58カ国の死刑存置国で行われていて、処刑方法は以下のようだ。
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・絞首刑(日本、韓国、エジプト、イラン、ヨルダン、イラク、パキスタン、シンガポール他)

・電気処刑(米国アラバマ州、サウスカロライナ州、バージニア州、フロリダ州、ただし処刑対象者が薬殺刑を選択できる。電気処刑による死刑執行は米国ネブラスカ州で最後に行われていたが、2008年2月に同州最高裁判所が憲法違反判決を出した)

・ガス殺刑(米国アリゾナ州、メリーランド州、ミズーリ州、カリフォルニア州、ミシシッピー州、ノースカロライナ州、コロラド州)

・致死薬注射(中国、グアテマラ、タイ、米国の死刑を執行している上記以外の州)

・銃殺刑(ベラルーシ、中国、北朝鮮、ソマリア、ウズベキスタン、ベトナム他、かつての日本など軍事裁判で死刑が適用される場合あり)

・斬首刑(サウジアラビア、イラク)

・石打ち刑(アフガニスタン、イラン、サウジアラビア)

公開処刑はイラン、北朝鮮、サウジアラビアなどで行われる。また中国では以前は公開処刑がテレビで放送されていたほか、バスに死刑執行(薬殺刑)設備を積んだ移動死刑設備がある。
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さて、もし私が死刑になるとして、その処刑方法が選べるとしたら上記のどれを選ぶだろうか? 一番、楽に逝ける方法はどれだろう? 斬首刑、石打ち刑は御免だね。


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グリーンマイルとは死刑台へ向かう「道」とか此の映画で解説していた。

死刑にはならないとしても、我々はみんな、グリーンマイルを、とぼとぼと歩いているのは、まぎれもない事実。

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此の映画は或る意味、御伽噺だが原作はスティーブン・キング。

同じWikiの解説によると、この原作小説は『アメリカではネタばれを防ぐために(その後日本でも)6冊が毎月1冊ずつ6ヶ月連続で刊行され話題になった。』そうな。

スティーブン・キング原作の映画で私が観ているのは『スタンドバイミー』と『シャイニング』『キャリー』だけかな。『キャリー』は観たことは覚えているが内容は忘れてしまった。

彼の小説そのものは一冊も読んだことはない。別に嫌いでも何でもないが、ただご縁がなかっただけ。

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『荒野の決闘』(ジョン・フォード、1946年)

西部劇に詩情を、もちこんだ、と、よく言われる。確かに、そうだ。白黒画面が、とても美しい。
観るたびに、いつも、すがすがしい余韻が残る。ヘンリー・フォンダやはり、これが No.1だな。

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・『悪魔の首飾り』(フェデリコ・フェリーニ、1967年)

ポーの短編より、こちらのほうが断然、面白い。って言うよりも、全く別物。フェリーニ・ワールドが短時間で、濃縮して味わえる。長い映画は、フェリーニといえども疲れる。そして、テレンス・スタンプが、実に良い。ポーの肖像画に似せたメイク。この映画で、これ以上の適役は存在しない。そして、この映画の奇妙な浮遊感。それも良い。さらに、ラストシーン。薄明かりの闇の中で、かすかに、キーキーと軋むワイヤーにカメラが近づいていくと・・・血が・・・。ここら、あたりの感触も良い。

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・「雨あがる」(2000年) 
・「阿弥陀堂だより」(2002年) 
・「博士の愛した数式」(2006年) 
小泉 堯史・寺尾聡の、この3部作は、小生の肌にあう。 
これらは、小生には、「黒澤明」より、むしろ、「小津安二郎」のほうを感ずる。 
「雨あがる」は、ちょっと違うが、カメラの、ゆったりとした移動やパンは、観ていて疲れなくてよい。ともかく、今後、この二人のコンビには、注目したい。

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許されざる者(1992年,クリント・イーストウッド監督) 

同名のジョン・ヒューストンの映画(1960年)を昔、観たことがあるが、別に何も感じなかった。その故もあるかも知れないが、このクリント・イーストウッドの映画も今まで観ていなかった。そもそも、彼の映画は、最近、BS放送のものを、いくつか初めて観た。その、いくつかを観て、それぞれ、確かに、おもしろかったので、最近放送された、これを録画しておいたので、昨日観た。なかなか好評らしい映画だとは耳にしていたが、なるほど、断然、面白く、トイレへも行かず、一気に観てしまった。アカデミー作品賞だけあって、全てが良かったなぁ。映画というものは、脇役が、やはり重要なんだな。 ジーン・ハックマン、モーガン・フリーマン・・・それであってこそのクリント・イーストウッド。クリント・イーストウッドの映画って、小生が観た数本だけの印象だが、どうも、どこか、「とんがっている」な。 どれも、どこか、ヒねていて、屈折しているヒーローって感じ。 「正義そのもの」ってものは、どうも、好きではないらしいな、この人。 ま、ともかく、多いに楽しませてもらった。

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・スパングリッシュ(2006年、ジェームス・L・ブリックス監督)

これもBSで放送されたものを録画しておいた映画。久しぶりで高級な心理劇を観た思いがする。漱石の『明暗』を連想した。勿論、ストーリーではなく、人間の心理描写のことだが。

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・ハムレット(作:ウィリアム・シェイクスピア、演出:グレゴリー・ドーラン)

これは、いわゆる映画ではないが、映像という意味では「映画」とも言えるかと思うので、あえて、ここに記録しておく。RSC(ロイアル・シェークスピア・カンパニー)の舞台公演を基に、ロンドン郊外の廃校になった建物を利用して、テレビ的で斬新な演出・映像表現による収録が、2009年6月に行われた。これが先日、Bshiで深夜放送されたのでHDに録画しておいたを昨日診た。ハムレットはデイビッド・テナント。RSCといえば、ローレンス・オリヴィエ、リチャード・バートンもその出身だそうだが、さすが本家本元での「舞台」。勿論、日本語字幕付きの映像であったが、役者たちの、奔流してくる台詞には圧倒された。まさに、words,words,wordsが軽妙な警句を交えて、こちらにガンガン響いてくる。英語が理解できればベストであるが、役者たちが喋りまくる英語を、耳で「音」として聞きながら、字幕で「言葉」を追うだけでも、登場人物たちの言葉を介しての軽妙さと絶妙さにはKOされてしまった、。3Hという「上映」時間が、あっというまに過ぎてしまった。勿論、HD→BDへと永久保存にした。

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・荒野の用心棒(1964年、セルジオ・レオーネ監督)

小生は、映画なるものは、昭和35年あたりから、ほとんど観ていなかった。小僧の頃は、よく東映のチャンバラ映画はみていたが、それでも、映画館から出たときの、妙な、日常の「けだるさ」というヤツを感ずるのは実に不快なものであった。で、最近(といっても、ここ一年前からだが)、TVをデジタルに換え、TVの音声を、安物ではあるが、音楽用AMPに換えてから、ちょくちょく映画も観るようになった。勿論、家で。いまでも、映画館というものは小生は好まない。閑話休題。上記映画の存在は知っていたし、黒澤の映画の翻案らしいということも、ちらちら耳にしていたが、今回BSで放送されたので初めて観てみた。なるほど面白かった。黒澤のものも確か、なんかの機会で観ていたと思ったが、面白さという点では、この翻案のほうが上だな。最近、BSでは、クリント・イーストウッドの映画を連続して放送しているが、この人の出生を、この映画だと仮定すると、この人の映画の「とんがり具合」が分かるような気がする。ただの正義の味方なんて奴は、東映のチャバラ映画で卒業している者にとっては、アホらしくてみてられないからなぁ。

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・誰も知らない」(2004年、是枝裕和監督)

生きていく、ということは、面倒なことではある。
たしかに、金(かね)は必要なんだが、しかし、かれらには、決して金では買えないものをもっている。 若さと絆(きづな)。

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・「ウエストサイド物語」(1961年、ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス監督) 

50年前か。もう語りつくされてるな。そこで連想ゲーム。 
ジョージ・チャキリス→懐かしき日本の面影 
ナタリー・ウッド→草原の輝き 
リチャード・ベイマー→えーと、思いつかない。これ一本で充分じゃぁない。 
       そこで、googleで調べたら・・・え! この人、「ツインピークス」に出てたの!

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・「家族ゲーム」(1983年、森田茂光監督) 

「人生の悲劇の第一幕は親子となったことにはじまってゐる。」 
                        (「侏儒の言葉」芥川龍之介)

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・「舞踏会の手帳」(1937年、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督) 

「人間五十年、化転の中をくらぶれば夢まぼろしのごとくなり」 
いままで、ここに、気晴らしに、いくつかの書き込みをしてきたが、「歳月、人を待たず」、 
小生も、いつ、あの世に、めされるかも知れぬ。 
故に、小生も、映画という名の「友」たちに、逢いに行ってこよう。 
はたして、かれらは、どのように変わっているのだろうか? 

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・「我が青春のマリアンヌ」(1955年、ジュリアン・デュディヴィエ監督) 

フランス版とドイツ版があるが、やはりフランス版だな。 
初体験というものは、なにも男←→女に限らない。映画も同じ。その後の好みを決定する。 
フランス語でないと、どうも感じ出ないんだよな。 
(ここで、フランス語もドイツ語も小生は××であるとは、いちいち断るまでもないが) 
それにしても、マリアンヌは登場しないほうが、やっぱり、いいんじゃぁないかなぁ。 
レベッカのように、カーテン越しの風に、彼女を感じさせたほうが・・・・ 

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・「渚にて」(1959年、スタンリー・クレイマー監督) 

以前、確かに観てはいるが、実は、あまり覚えていない。この映画より、むしろ、以下が気になる。 
1962年10月 キューバ危機。いわゆる「10月の悪夢」。 
20X年Y月 北朝鮮の暴発。米韓日との全面戦争へ突入。 
         結果、挑戦半島、日本列島の、ほぼ全土焦土化。 
20W年A月 xウイルスの超パンデミック→そして、人類は、the End。 
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人類のもつ四つの病状 
・「創世記」から近世に至るまで繰り返されていた「いけにえ」の儀式。 
 即ち、今日、なお人類の心に潜む妄想傾向。 
・他の生物にはみられない、人類の種内殺戮。 
・人類の理性と情緒との決定的な不均衡。 
・科学技術と倫理の成長曲線の著しい差 
               (アーサー・ケストラー) 

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・「山椒大夫」(1954年、溝口健二監督) 

小生に言わせれば、この映画は、決定的な誤謬を犯している。それは安寿を「妹」にしたことだ。 
鴎外の感情移入を一切排した、安寿の入水での簡潔な文章をみてみよう。 
『山椒大夫一家の討手が、この坂の下の沼の端で、小さい藁履(わらぐつ)を拾った。それは安寿の履であった。』 

鴎外は、ここで、一切の説明をしていないが、この安寿への、鴎外の敬愛と共感を感ずるには、 
安寿は、絶対、「姉」でなければならない。「小さい履」とのみ表された、鴎外の安寿への、いつくしみ。 
もし、安寿が「妹」だったら、たぶん、鴎外は、この短編を書かなかっただろう。 

この映画の制作者たちは、鴎外の女性観を全く理解していない。と、同時に、 
安寿の「姉」が故の「健気(けなげ)さ」と「あはれさ」「かなしさ」も、かれらは、全く理解していない。 
小生に言わせれば、この映画は、許すことの出来ない愚作である。 

この映画感想欄が、ささやかな欄であるにせよ、公開されている以上、この欄の読者に対して、「愚作」と小生が感ずる所以を、少し説明しておくべきであろう。

昭和47年に初版された『鷗外--闘う家長』(山崎正和著、河出書房)という本がある。森鷗外とその時代を生きた作家たちが、その時代背景とともに、実に見事に検証されている。
この検証における著者の文章そのものも、冗長とは無縁の簡潔無比の文体であり、かつ、鷗外等を検証する著者の眼力は、さながら、冷徹な解剖医のようである。
それは、ともかくとして、著者は、鷗外文学の主題は、要するに、「家長」であると説得する。
その詳細については、この本を読んでいただくしかないが、「山椒大夫」について言えば、安寿は「家長」だと、
著者は言うのだ(p164)。安寿という、幼き「家長」への、鷗外の敬愛・慈しみを抜きにしては、この物語の主題は成立しない。
そして、小生は、この著者の鷗外観に全面同意である。というより、この著書によって、小生は森鷗外を理解できた。

それ以来、小生は鷗外フリークである。だから、この映画への反感・軽蔑は、ちょうど、長島茂雄フリークが、彼の背番号を7と言っている人に対する、反感・軽蔑と似ている。しかし、映画と原作とは所詮別物だという人に対しては、小生は沈黙するしかない。
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今日、鷗外の小説を読む人は少なくなっただろう。しかし、男性の女性化がささやかれるような今日においては、この本の主題である「家長」(つまり自律した精神)というものが、見直されても良いように思う。

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・「紅鶴屋敷」(1958年、沢村忠監督) 

実は、小生は、この映画を、一日に2回みている。昔風に言えば木戸銭を二度も払って、同じ映画を映画館で同日に、二度もみたのだ。 
なぜ、そんなに、この映画を気に入ったのか? 今や、全く忘れてしまっている。大川橋蔵の映画だとは記憶していたが。 

そこで、検索に引っかかるかどうか半信半疑でgoogleで調べてみた。そしたら、出てくるわ出てくるわ、その多さに驚いた。 
「若さま侍捕り物帳」シリーズの一つであった。そういえば、確かに、橋蔵の着ていた衣装は、確かに町人風ではなかった。 

そのgoogleの検索での一つに、この映画のストーリーの概略が載っていた。それを読みながら、少しずつ、この映画の話を思い出した。 
しかし、当時、なぜ二度もみたか、その理由は依然として思い出せない。 
推測するに、おそらく、その日は、映画という非日常世界に居たかったのだろう。 

当時の東映映画は、他の映画会社の映画よりも、ある意味で、極めて非日常の世界だった。 
市川歌右衛門、片岡知恵蔵、月形龍之介、大友柳太郎・・・ 
かれらは、全て、今や懐かしき、非日常の世界の人々だった。 

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・「放射能X」(1950年、ゴードン・ダグラス監督) 

今や懐かしき映画の、gooleでの検索を、も一つしてみた。『放射能X』。 

巨大なアリンコが、キーキー鳴きながら、砂漠だかどこからか、ゾロゾロ現れる、 
という代物の映画だとは記憶していた。これは、わが良き時代の、良き映画の一つ。 

万万一、NHKで放送されたら、これは、確実に見る映画の一つ。 
『宇宙人、東京に現る』『青銅の魔人』『タランチェラの逆襲』『光る目』・・・・ 
これらも次々に連想されてくる。小学校の友人たちよ。これは、また別の機会に書こう。 

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・「縮みゆく人間」(1957年、ジャック・アーノルド) 

我が思い出の空想科学映画の一つである。例によって、ストーリーは、ほぼ忘れてしまっているのだが、確か、ある日突然、ある男が、縮んでいくのだった。その男が縮んでいくにつれ、周囲の小道具も、相対的に、 大きくなっていくのだが、その撮影トリックは見え見えであった。 
そのトリックの稚拙さが、なんとも笑えたものだったが、それ故に、記憶に残る愛すべき映画とあいなった。 

この映画は、『ミクロの決死圏』(1966年、リチャージ・フライシー)のような、ある意味での傑作ではない。 
当今、精巧なCGのSF映画をみたりすると、そのリアルさ故に、妙にシラケることがある。 

人間の感覚というものは皮肉なもので、当今の精巧なSF映画よりも、昔の、かのB級映画「縮みゆく人間」のほうが面白く思えるのだ。

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・「ゴシラの逆襲」(1955年、小田基義・円谷英二監督) 

今や、ゴジラはアイドルのようである。この映画をリアルで見たというのは、幸福だったと言うべきか。 当時、わが同胞たちと共に夢中になったものだ。それにしても、あの、アンギラスの甲高い咆哮に、妙な色気を感じたのは我輩だけだったろうか? 

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・「俺たちに明日はない」(1967年、アーサー・ペン監督) 

BS放送で再観。この映画も語りつくされているが、今回は、ジーン・ワイルダーが印象に残る。 「ヤング・フランケンシュタイン」の人ね。この「俺たち・・・」でも、なんか笑えてくる。 
なんとなく、ズレた、妙な、おかしさが、この人にはある。 

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「夜と霧」(1955年、アラン・レネ監督) 

人間はいかに残酷になりうるか。その歴史的証言が、この映画だろう。 
この映画に記録された黙示録的光景、いや、それ以上の惨憺たる光景だ。 
この映画は誰も一度みておいたほうがよいだろう。→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%A8%E9%9C%A7_(%E6%98%A0%E7%94%BB) 

では、我が日本では、どうだったのか。例の731部隊がある。→http://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A 
では、将来はどうだろうか? その一つのシナリオは 「渚にて」 に既に書いた。 
おそらく、近い将来、さらなる黙示録的な、決定的な光景が現れるのは、ほぼ確実だろう。 
ただ、その光景を目撃できるのは、奇跡的に残ったゴキブリだけかも知れないが。 

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・「地獄へ続く部屋」(1959年、ウイリアム・キャッスル監督) 

映画の感想は、小生にとっては、一種の連想ゲームだ。「夜と霧」を書いたら、 
この映画も思い出した。この映画も小生は、リアルタイムでみているのだが、「夜と霧」と違って、 これは、あの時代のオレが好んでみた、正真正銘なB級恐怖映画だ。言うまでもなく、B級とは、オレにとっては親愛の別名だ。 

たしか、この映画の冒頭は、暗闇の中の遠くから男の頭だけが近づいてきて、 
観客へ向かって、「諸君を地獄へ案内しよう」とかなんとか言った映画だと覚えているのだが違うかも知れない。 
DVDで借りみる?・・・そこまで、再会したいとは思わんね。」 

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・「顔のない眼」(1960年、ジョルジュ・フランジュ監督) 

この映画も思い出した。1960年10月公開ということだから、もう40年近く再会していないことになる。 この映画はDVDで借りてみてもいい。が、実は小生はDVD借観は懲りている。 以前、あるレンタル屋の会員になって、5本借りて観たのだが、5本とも全てバカバカしく、途中までみて返してしまったことがある。 
まぁ、それはともかくとして、この映画は再会したい。当時、映画の看板が電信柱に立てかけてあったものだが、 この看板に書かれた、この映画の題名『顔のない眼』の意味が一瞬理解できなかった。『眼のない顔』の間違いではないかと。 勿論、映画をみれば、なるほど、『顔のない眼』で正解だった。

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・「カポーティ」(2005年、ベネット・ミラー)

先日、BSで放送されたので初めて観た。
映画『冷血』(1967年、リチャード・ブルックス監督)は、だいぶ昔観たことがあり、この映画の(たぶん有名な)場面は記憶していた。その場面とはーーあの死刑囚が、執行前の雨の夜、硝子窓越しに外を眺める。彼の顔が硝子窓に映り、雨の雫が、その映された彼の顔に流れていく。彼が泣いているかのように、雨の雫は流れ続けるーーという場面だった。今回、この映画『カポーティ』を観ながら、映画『冷血』の、あのシーンを何度となく思い出した。
トルーマン・カポーティって人は、どういう人だったんだろう? なんとなく太宰治を連想した。 冷血とは、トルーマン・カポーティ自身を指しているという説がある。おそらく、そのとおりだったのだろう。

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「生きる」(1952、黒澤明)

この映画は昔みたので記憶違いがあるかも知れないが、特に、印象深いシーンは、以下の三つ。

1.志村喬と伊藤雄之助が、ダンスホールで遊んでいるとき、ふと、志村喬が、『ゴンドラの唄』を唄い出す。その唄を、突然、聞いたダンスホールでの人々が、息を飲むようにして黙り込み、志村喬を見つめる。このシーンで、カメラは、ダンスホールの内の様子を写しながら、ホールの玉ノレンを、くぐって、ホールの外へと、静かに移動していく。志村喬の『ゴンドラの唄』をBGMとして、カメラは、揺れ動く玉ノレンを写し続ける・・・

2.雪の降る夜、人気のない公園のブランコに独り乗りながら、志村喬が『ゴンドラの唄』を、つぶくやきように唄う。カメラは、その志村喬の周りを、ゆっくりと回る。
「命短し 恋せよ 乙女。 紅き唇あせぬ間に 熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日は ないものを」 ・・・

3.ラストシーン。帽子を深々とかぶった日守新一が遠くから、公園を見つめている。そして、とぼとぼと、歩き去って行く。冬の黄昏(たそがれ)の景色を背景として、日守新一の、その姿を、カメラは公園側から静かに写している・・・

以上、記憶違いがあるかも知れないが、このラストシーンは、実にしみじみとした余韻があった。この映画のキーワードは、(私としては)、やはり『ゴンドラの唄』(吉井勇作曲、中山晋平作曲)だな。「命短し、恋せよ 乙女」。 乙女に限らず、人生は確かに短いに違いない。

映画、「スペンサーの山」(1963年,D.デイヴス)

私が、もう一度みたい映画の一つに『スペンサーの山』がある。

スペンサー・トレーシーに『山』という映画があるそうだが、その映画とは違う。

随分、昔みたきりなので、ちょっとネットで調べたら1963年製作だから、私が、この映画を観たのは、かれこれ半世紀前になる。それ以来、忘れられない映画の一になった。

この映画は、当時、アメリカの良心を描いたと評された。
とても感じの良い佳品だが、現在、あまり知られていないかも知れない。

この映画は、山で生計を立てている、質朴で、貧しくはあるが、信仰篤い家族を描いた、ちょっと切なく、しかし、とても、さわやかな映画だっむた。

ヘンリー・フォンダとモーリン・オハラが演ずる夫婦には息子がいて、この息子は学問が好きで大学へ行くことを夢みていた。しかし、家が貧乏である等のため、その夢を断念していたのだった。

この映画は、その息子の夢を、彼の家族たちが、その夢をかなえさせる物語。
貧しくとも、山々の青さのように晴れ晴れと前向きに真摯に生きる、この家族の姿は、まさに「アメリカの良心」と評されても過言ではないだろう。

この映画のある場面で、ブラームスの大学祝典序曲が流れる。学問好きの、貧しい青年への、力強い励ましのメッセージとして、この音楽が流れてきたのだったむ。

繰り返すが、この映画をみた後、とても気持ちの良い余韻が残ったものだ。
私は、ブラームスの大学祝典序曲を聴くたびに、この映画を思い出す。

もし、この映画をご覧になっていず、これから、ご覧になる機会がある方は何の予備知識もなく、サラの気持ちで観られることをお勧めする。

「誰がために鐘はなる」(1943,S.ウッド)

・雑談:『誰がために鐘はなる』 (我が懐かしき「人世座」よ!)

今から半世紀程昔、東京・池袋駅東口から徒歩で数分の所に「人世座」という映画館、というより映画小屋がありました。いわゆる往年の名画を、入場料150円ぐらいで観せてくれる、映画好きの貧乏学生には誠に有り難い映画小屋でした。(今となっては、あの小屋の汚さも懐かしい! )

私は、よく、ここへ通いました。ここで映画をみて、その帰りには、これまた150円ぐらいのタヌキ・ソバを食う。これが定番でしたね。子供の頃みた東映のチャンバラ映画を別にすると、今迄、私が観た映画の80%程度は、この小屋での「体験」です。当時は、映画媒体のレンタル店など存在しない時代でしたからねぇ。尤も、あったとしても貧乏学生には無縁でしょうけれど。

この映画小屋で観た映画の一つが『誰がために鐘はなる』。ちよっと調べてみると、この映画、1943年に製作されているのですね。イングリッド・バーグマンが若かったですねぇ、ほんと。彼女、何歳だったんでしょう。調べようと思いましたがメンドクサイからやめました。誰か知ってたら教えて。

この映画では今でも覚えていることあります。映画を見終わって、観客たちが映画小屋の出口からゾロゾロ出てきたのでしたが、そのとき、「よかったなぁ」という感嘆の声が私の背後から聞こえました。ちょっと振り返って見ると、数人のチンピラ風のアンチャン達でした。彼らは、暇つぶしに、この映画小屋に入ったのでしょうが、この「チンピラ達」の琴線に触れるものが、この映画にはあったのでしょう。

それは、さておき、この映画のタイトル。私は聖書の引用なのかなと、つい最近まで思ってましたら、John Dane という人の詩から引用だったんですね。
ご参考に、その該当部を下記しておきます。
・MEDITATION XVII (John Dane)
No man is an island. entire of itself; every man is a piece of the continent, a part of the main; if a clod be washed away by the sea, Europe is the less, as well as if a promontory were, as well as if a manor of thy friend's or of thine own were; any man's death diminishes me, because I am involved in mankind, and therefore never send to know for whom the bell tolls; it tolls for thee.
何人も孤立した島ではない。いかなる人も大陸の一片であり、全体の一部である。一塊の土くれが海に洗い流されても、ヨーロッパがもとの姿を失わないように、あなたの友人あるいはあなた自身が洗い流されたとしても、それが無に帰するわけではない。・・・だがいかなる人の死も、私の一部を失った気にさせる。なぜなら私は人類の一員なのだから。
それ故私はあなたがたに言いたいのだ。あえて知ろうとするには及ばない、誰がために鐘は鳴るのかと。それはあなた自身のためにも鳴っているのだから。

「女相続人」(1949,W.ワイラ)


私は、この映画は比較的最近BS放送で観ました。

いや、怖い映画でした。女性のかたには失礼な言い方になると思いますが、思いつめた女性って、男性から見ますと、ちょっとタジタジと尻込みしますよ。少なくとも私は。

オリヴィア・デ・ハヴィランド。

この映画は適役でした。この人の表情って、もし怒らせたら、近寄りがたいケワシサがありませんか。眉毛をキッと寄せ、強張(こわば)った表情で睨みつけられたら・・・
まぁ、ほとんど全ての男性は息をのみ身を引かざるを得ないでしょうよ。

ウィルアム・ワイラーは、階段を使わせたら、この人の右に出る監督はいないそうですね。この映画のラストも、そうでした。ランプをかかげ、無表情で階段を上がって行く。カメラはそれを正面から、じっと捉える。そのカメラ自身も無表情であるかのように。

「人生」から、この映画をみたら、どう言えばいいんでしょう?

なにか適当な言葉はないかと『成語林』という、故事・ことわざ・慣用句の辞典で探してみました。 見つけましたよ。それは、

『一日の情けに百年の命を捨(す)つ』

この言葉の意は以下のとおりです。
「男性の一日だけの愛情のために、女性が長い一生を棒にふる。」

男性諸君よ。くれぐれも、この慣用句を忘れぬように。
***
怖い、オリヴィア・デ・ハヴィランド。『ふるえて眠れ』 がありましたよね。

「私は貝になりたい」(1959,橋本忍)


あの敗戦に関連した映画というと、この橋本忍監督の『私は貝になりたい』(1959年)も忘れがたい映画です。この映画の原作は同一タイトルのTVドラマ(1958年、演出:岡本愛彦)も私は当時みているのですが、TVドラマのほうは、あまり記憶にありません。

映画もTVドラマもフランキー・堺が主演しているのですが、この頃のフランキー・堺は一番、油がのっていた時期だったのでしょうかね。彼の代表作の『幕末太陽傳』(川島雄三監督)の製作年を調べたら1957年ですから、たぶん、そう言えるでしょう。

私がこの映画を観たのも、もう何十年も前のことですが、この映画のラストシーンも、私は今だに覚えています。

主人公(フランキー・堺)が処刑された後の場面ですが、カメラは誰も居ない浜辺を近距離で空撮していきます。走るすぎる、その浜辺を背景にして、彼の遺書が淡々とした調子でのナレーションが入ります。

ここで、あの有名なセリフが語られるのです。

もう、人間に生まれるのは嫌だ。牛や馬に生まれるのも嫌だ。人間にコキ使われるからだ。・・・そうだ、今度、生まれてくるとしたら、私は貝として生まれたい。・・・

そういう趣旨のナレーションだったと思います。

私は映画は、そんなに数多くみているわけではありませんが、映画でのナレーションは何が一番記憶に残っているかというと、この『私は貝になりたい』です。

「戸田家の兄妹」(1941,小津安二郎)

・『戸田家の兄妹』 (勧善懲悪の話)

『戸田家の兄妹』という小津安二郎の映画があります。1941年の映画です。この映画は『東京物語』と、ある意味で対称な映画です。対称とは、私の言う登場人物の「色」が、この『戸田家の兄妹』では明白に色分けされているからです。

この映画をみた、ある人の感想文に、『東京物語』の息子や長女の態度はちょっと我慢成らぬぞ、という方はこちらですっきりして下さい。』とありました。

「正義の味方」が、「悪者たち」をバッサバッサと切り捨てていく爽快さが、この映画にはあり、小津映画の、良い意味での「単純な」話の傑作です。

ご覧になっておられない方は是非、ご覧あれ。

「秋刀魚の味」(1962,小津安二郎)の古くささ

・「秋刀魚の味」の岩下志麻の古くささ

その1:
『麦秋』の原節子に比べて、この映画の岩下志麻は古くさいな。
そこに、この映画の限界の一つがあるんだな。

原節子:『私、後悔はしません。』
岩下志麻:『お父さん。おまかせします。』

ここだよ、この映画の問題は。『麦秋』に比べて11年後にも関わらず。

その2:
原と岩下。つ ま り ね。
原には己の人生を己で引き受ける勇気があった。
岩下は、己の人生をアナタまかせ、っていうこと。

わかんない? 芸術云々じゃぁないんだよ。

この映画は『麦秋』よりも明らかに退行している。
画面が技術的に綺麗になっただけなんだよ。

これが遺作だとは。小津フリークのおれとしては残念なんだな

その3:
『岩下志麻の心理を導く小津の演技指導のマニアック性』

『岩下志麻は巻尺を手で回す場面で何度やってもOKが出なかった。
小津が『もう一回』『もう一回』といい続け、
岩下はNGを80回まで数えて後はわからなくなったという。』

80回!! どう思う? これ。
おれは、今回、BS放送で、この箇所を注意して見てたんだけど、
別に、どうという場面ではなかった。
しかし深入りして考えると、こういうことかも。

つまり、岩下が巻尺を回し終わってところで巻尺をダラリと落とす
のだが、その落しかたね。
『もう、いいや』って感じがしなくもなかった。

80回もやらされたら『もう、いいや』って実際なるだろうよ、
演技そのものに。

それを恐らく小津は狙っていたんだな、きっと。

すなわちだな、岩下には自身の結婚にふっきれないモノが実はあった。
しかし、『もう いいや。お父さんの言うようにしよう。』
って、ふっきれたわけよ。

決して、岩下志麻は、父親が操るお人形さんではなかった。
『麦秋』の原節子と同じ、心揺らめくデリケートな娘だったわけさ。
たまたま、歩み行く道の方向が違っただけなのよ。

「顔のない眼」と「サイコ」

・顔のない眼』(ジョルジョ・フランジュ,1960,仏)と、『サイコ』

恐怖映画というジャンルがあるとすれば、このジャンルの傑作として、私はこの『顔のない眼』を先ず挙げる。1960年公開の映画だから、もう半世紀以上も前だが私はリアルタイムで観ている。この映画の強烈な印象は断片的ではあるが今でも記憶している。

先ず音楽(モーリス・ジャール)。たしか、チェンバロの独奏だったと思うが、不安定に下降していく旋律は、この映画のモノクロの深い陰鬱な画像と実にマッチしていた。ストーリーの怪異さ・残酷さにもかかわらず、画像に森閑とした叙情性を残していたのは・・・その冷たい叙情性こそが私の記憶の底に今も沈殿しているのだが・・・やはりフランス映画ならでは洗練さ故なのだろう。

この映画はBSで万一放送されることがあったら見逃すことの出来ない映画の一つである。ついでに書き足しておくと、ヒッチコックの『サイコ』。 私はこの映画を恐怖映画として挙げたい。この映画も1960年公開だが私はこれもリアルタイムで観ている。

今ではこの映画は細部まで知れ渡ってしまっているが、公開当時、この映画は上映中の途中入場が禁止されたほど、この映画のストーリーは秘密にされた。勿論TV等でのネタバレはそもそもあり得ない時代であり、観客は私も含めて全くの「初体験」だった。

私は今でも記憶しているが、この映画を観ているとき、何度となく観客から叫び声が上がった。人間というものは驚くとその直後は笑うらしい。その叫び声の後から忍び笑いが聞こえたものだった。

私はこの映画も好きでストーリーを全て知っている今も時折みている。バーナード・ハーマンの例の音楽も良いのだが、映像のカメラワークの巧みさにはいつも観ても感心する。例えばーーー
ノーマン・ベイツが「母親」を地下室へと運ぶ一連のシーン。
危険を察知したノーマン・ベイツは例の館の二階に上がる。カメラは背後から彼を追う。彼が階段を上がるとき、カメラも背後から、せり上がるように彼の背後を追う。
彼が「母親」の部屋に入りドアを閉めるまでカメラは彼を追い続ける。カメラは閉まったドアを写すと、カメラは階段と部屋の廊下を写しながら、徐々に天井へとせり上がっていく。カメラが天井に固定されると、ノーマン・ベイツが部屋から「母親」を抱いて出て来て階段を降りていく。カメラはそれを天井から捉えている。カメラには(即ち観客には)「母親」の頭部しか見えない。

このカメラワークが、実は、最後の有名な恐怖シーンの伏線となっている。そんなことは初体験の観客には分ろうはずがない。事実、私は、この一連の場面に何ら不自然さは感じなかった。ノーマン・ベーツは「母親」を地下室へと何ら問題なく移動させたと思っていたし、他の観客もそうだったろう。

私はこの映画を観るたびに、この場面での一連のカメラワークを、お見事と拍手せざるを得ないし痛快ですらある。さすがヒッチコックである。

一年ほど前だったかBSで『ヒッチコック サスペンスの深層』というドキュメンタリーが放送された。このドキュメンタリーで『サイコ』を含め、ヒッチコック映画の映像の技巧が詳しく解説されている。ヒッチコック映画の好きな人には、お宝のドキュメンタリーだろう。

「東京暮色」(1957,小津安二郎)

2chの映画掲示板での『東京暮色』を流して読みしてみると、この映画の有馬稲子は概して評判が悪い。岸恵子だったら、もっと評価が上がっただろうという類の書き込みが目についた。小津安二郎は、当初、岸恵子を想定していたそうだが、岸の都合が付かず有馬稲子に替えられた、という経緯もあって有馬稲子に風あたりが強いのかも知れない。しかし、私は岸恵子より有馬稲子のほうが、この映画に合っているように思う。というより、もし岸恵子だったら、極論を言えば、違った映画になっていただろう。

小津安二郎の映画で私が最も好む映画は『麦秋』だが、この『東京暮色』も好きな映画だ。映画のタイトルの『暮色』が表しているように、小津の多くの他の映画の一種の華やかさは、この映画にはない。一種の華やかさとは? 比ゆ的に言えば、それは『花嫁衣裳』だが、それはこの映画にはない。『花嫁衣裳』は、それが父と娘の離別を意味しているとしても死別ではないし、つまるところ、それは人生の門出なのだ。『花嫁衣裳』における父と娘の孤独は、所詮は彼らの周りの人々の祝福に囲まれた孤独に過ぎない。私に言わせれば、その孤独は贅沢な孤独だ。 私は、小津映画の多くに、この種の『贅沢な孤独』を見る。(しかし、『麦秋』は少し意味あいが違っているが、ここでは、それは触れない)
***
『東京暮色』は何度か観ているが最近観たのは数年前だから以下に書くことは勘違い等の誤りがあるかも知れない。ということを、ことわっておいて、この映画のいくつかの印象に残っていることを書こう。(この映画のストーリーは省略する)
***
まず挙げなければならないのは、山田五十鈴の出色の演技である。「いぶし銀のような」という形容があるが、まさにそれである。杉村春子も「いぶし銀」のような俳優であるが、この映画の山田五十鈴は演技を超えている。この超演技は小津安二郎が最も狙っていたものであろうが、山田五十鈴は、その狙い以上の存在となっている。特に居酒屋の場面はその最適例であり、また、この映画のラストの場面もそうである。
***
有馬稲子という俳優は、少なくともこの映画においては実に重い感じがする。重い感じとは? ここに池があるとしよう。その池に一枚の葉が落ちたとする。有馬稲子という葉は、その池で浮かんではいない。すこしづつ池の底へと沈んでいくのだ。(もし岸恵子だったら沈まなかったかも知れない)

この映画の、ある種の息苦しさは(---このような息苦しさは小津映画には稀有かも知れない---)この有馬稲子の、この重さに依っている。
この映画は罔(くら)い。暗いのではなく罔いのだ。この映画には『花嫁衣裳』はない。小津安二郎は、本来の意味の孤独をこの映画で撮った、と私は思う。
***
有馬稲子が鏡台に向かって自身の髪の毛をとく場面がある。彼女は己の顔を鏡に写し何度も何度も何度も執拗に自身の髪をとき続ける。私はこの場面に異様な、なにものかを感じざるを得ない。女性が自身の髪をとく、という行為は、その行為以外の、なにものかの暗喩として私は受け取る。おそらく有馬稲子は己の生の罔さを凝視し続けていたのだろう。ここで、この映画の主題は『生の罔さ』だということが私は分かつた。
***
最後にもう一つの場面。
山田五十鈴が笠智衆宅を訪れるために、傾斜の少ない坂道を上がって歩いてくる。
その坂道をあがりきったところに笠智衆宅があるのだが、その坂道の脇に電信柱が立っている。山田五十鈴がその坂道をあがりきるところで、うろうろと歩いている一匹の柴犬が映される。山田五十鈴はその犬には無頓着に笠智衆宅へ向かうのだが、カメラはその犬と山田五十鈴を正面からとらえている。

とすると、その犬が電信柱に向かって片足をあげて小便をする。ただそれだけの10秒にもみたない短いショットだが、私はこの場面が大好きなのだ。山田五十鈴と、その犬の立ちションとはなんら関係はない。しかし、このショットは小津安二郎の計算済みに違いない。これは小津流のユーモワだろうが、この何気ない犬の立ちションのショットが、この映画の主題『生の罔さ』に一灯を与えているような気が私はする。

『泥の河』& 『キクとイサム』


何ヶ月か前、NHK・BSで放送され、録画しておいた『泥の河』(小栗康平)を昨日みた。この映画をみるのは、もう3回程になるだろうか。私は映画はTV録画したものしか現在は観ないが、今回観終わった後、録画を残しておくかどうか迷った。

私は既に何事も『捨てる』歳になったと自覚している。( その理由をここに書くべきことではない。 )そこで、その録画は消去した。この映画を否定したのではない。言ってみれば、この映画と対峙するのは、もはや私は疲れるからだ。『辛い』映画は私はもう観るのが疲れるのだ。 『辛い』? 例えば、「きっちゃん」の姉はこう言う。

『きっちゃんのお母さんは石鹸の匂いがする』

このセリフ一つで、この幼い姉の心の傷の疼(うず)きが、私にはずきずきと伝わってくるのだ。 のみならず、ここに登場する子供たちの無意識下にあるに違いない『いきどほる心』を私は感じずにはいられない。

私は以前、釋超空のうたの感想で、それに触れた。それを、この日記の最後に引用して、映画『泥の河』は私はもう卒業しよう。

今回、この『泥の河』をみていて、昔みた『キクとイサム』( 今井正監督 )を思い出していた。この映画は確か映画館で観たような気がする。昭和34年の映画だから、もしかしたら私が映画館で観た最後の映画かも知れない。

この映画で、黒人と日本人の混血の姉弟が登場する。かれらの祖母にあたる北林谷江( 実年齢の倍の役だったが )の好演が印象的だった(特にラストシーン)。
また姉役の高橋恵美子は現在も活躍中だという。

この映画については下記の解説が私は良いと思う。
http://nihon.eigajiten.com/kikutoisamu.htm

このキクとイサムにも、おそらく、『いきどほる心』が、少なくとも、かれらの意識下にはあったに違いない。
-----------------------------------------
『いきどほる心すべなし。手にすゑて、蟹(かに)のはさみを もぎはなちたり』
                                (釋超空)
--------------------------------------------
私はこのうたを読むと、いつも、ある映画に登場する少年の心を連想する。

その映画は『泥の河』(1982年、小栗康平監督)だ

この映画で喜一(きっちゃん)という少年が登場する。彼の母親は、貧しい宿舟で娼婦として生計をたて、きっちゃんと彼の姉を育てていた。この映画の時代背景は、日本が未だ敗戦の傷を色濃くひきずっている時代であり、この映画に登場する人々もまた戦争の深い傷跡を彼らの心の奥にひきずっていた。そういう時代だ。

たぶん10歳前後この姉弟は、母の実相を実は知っていた。その母の心の痛みは勿論この幼い姉弟の心の深奥での痛みでもあった。

映画では、この子供たちのそのような痛みを露わには表現せず、寡黙にさりげなく表現する。たとえば、この姉は「(おひつの)お米の中に手を入れるのが好き」だと言う。「暖かいから」だと言う。この一言で、この幼い子の心奥にある、ある痛みを観客である私たちは痛烈に感じるのだ。

大阪・天神祭の日。きっちゃんは、彼の友人を、ある遊びに誘う。
その遊びとは、小さな生き物である蟹に油をたらして火をつけ、逃げ回るその蟹が焼け死んでいくのを見るという遊びだった。

言うまでもなく、きっちゃんのこの遊びの行為は彼の心の深奥に潜んでいる彼の痛みの屈折した表現に違いない。

この少年の心の中の屈折した痛みは、このような残酷な遊びとしてしか「いきどおる心すべなし」だったのだろう。

きっちゃんの「いきどおる心」は、釋超空の「いきどおる心」とは恐らく無縁ではないと私は思う。

この映画『泥の河』の脚本:重森孝子と音楽:毛利蔵人が光っていたことを追記しておく。
----------------------------------------
・笠智衆という俳優さん
私は笠智衆という俳優さんが好きである。
どこが好きかと言われても実は困る。
好きだから好きなのだ。

私は、笠智衆という俳優さんは大変器用な俳優さんだと思っている。

ここで『器用さ』という言葉は決して『技巧』のみを意味しているのではない。

なにか『人間的な味わい』というような意味も、その『器用さ』に含ませている。

よく言われるように、この『器用さ』を引き出した人は小津安二郎という天才かも知れない。

恐らくそうだろう。
しかし、もともと笠智衆という人に、そのような『器用さ』が内在していなければ、たとえ天才といえども、その『器用さ』を引き出すことは出来ないはずである。。

では、その『器用さ』とは?

具体例を二つ出そう。いずれも小津安二郎の映画である。

一つめ。下は『長屋紳士録』の中の一場面である。
                       
http://www.youtube.com/watch?v=XK4ccsCI6Wc

二つめ。下は『彼岸花』の中の一場面である。

http://www.youtube.com/watch?v=rbQw09HF8To

私は、これらの映画の笠智衆に、上記した『器用さ』を感じている者であり、また、それゆえにも、笠智衆と言う人に敬愛を感じている者の一人だ。

注:上のYou TubeのIRLは現在削除されている。

「ストーカー」(1979,A.タルコフスキー)

アンドレイ・タルコフスキーの著作で、「刻印された時間」という副題のついた『映像のポエジア』(キネマ旬報社発行)という本があります。タルコフスキーの映画の“独特な時間の流れ”に身をゆだねるのが私は好きで、ときどき、録画したものを観ています。

タルコフスキーが亡くなったのは1987年1月ですが、その直後だったか、NHK・TVで追悼の番組が放送されました。その番組で、武満徹が、『ストーカー』の音楽について語っていたのを印象深く記憶しています。

語っていたのは、『ストーカー』の、あるシーンのBGMでした。そのシーンとは、この映画の主人公たち(ストーカー、学者、小説家)が、トロッコ(軌道車)に乗って「ゾーン」へ行く場面です。このシーンで、トロッコの、カタンカタンという車輪の機械的な音が、シンセサイザーによって、次第に、変調されていきます。(この映画の音楽作曲はエドワード・アルテミエフ)

この場面は、かなり長く、このBGMのなかで、三人の顔が、丁寧に、丁寧に、ゆっくりと、クローズアップされていく。三人の会話は一切なく、荒涼としたロシアの風景を背景に、ただただ、この男たちの寡黙な顔が写されていく。アルテミエフのBGMも、この場面に、実にマッチしていて、このタルコフスキー独特の、ゆったりとした“時間のながれ”か゜、とても心地良い。

この場面は、タルコフスキーのみならず、「映画の場面」の中で、私の最も好きなものの一つです。

さて、『映像のポエジア』。この本のなかで、日本人にとって興味深いことが書かれています。それは俳句について。タルコフスキーは、日本の俳句に大変魅了されたようで、彼は俳句について、この本で、こう書き出します。『日本の古典詩に私が魅せられるのは(以下略)』

この本を読んでいて、俳句を古典詩と表現されること自体が、先ず、私は驚きました。言われてみれば、確かに俳句は、古典詩とも言えるのも知れないのですが。

そして、タルコフスキーは、ある俳句について、こう書いています。『なんと簡潔で、また正確な観察だろうか! 規則正しい知性、高尚な想像力!(以下略)』 

この俳句に対するタルコフスキーの尋常ならぬ賛美には、私は、ちょっと、まごついてしまう。

この本で、タルコフスキーは三句を例として挙げていて、その一つとして、有名な芭蕉の俳句『古池や蛙飛び込む水の音』を挙げています。

この本では、この俳句は、以下のように「翻訳」されています。

    『古い池。
     水に飛び込む蛙。
     しじまのひびき。 』

タルコフスキーの日本語の知識がと゜の程度あったのかは知りませんが、この芭蕉の俳句を、上記の三行の文の何語かの翻訳で恐らく彼は知ったのでしょう。上記の、日本語の三行の文そのものは、その翻訳の更に日本語への翻訳となりますから、話が、ややこしくなるのですが、、この本のここを読んでいて、私が思ったことは、『理解とは、一体どのようなことだろうか』ということです。

この日本という国では、上手下手はともかくとして、俳句は、小学生でも作りますし、半日がかりの俳句番組がテレビで放送され、全国から何千という俳句が、その番組に寄せられたりします。

俳句というものは、日本人にとっては、箸のように、日常生活に溶け込んでいる「文化」の一つだと思われます。日本という国に生まされ、いやがおうでも、この日本という風土に、どっぷりと浸かされて生きている人間にとって、『古池や・・・』の俳句の理解は、すでに本能的に感知できるものであり、この感知は、なにものかの匂いの感知と同等な意識下の感覚的なものであり、学んで得られる「知識」以前のもの、と私は思います。

ですから、『古池や・・・』の「匂い」は、あきらかに、上記の三行の文とは違う、と私は感じます。いわゆる学問や知識とは全く無縁な人でも、この日本という風土に密着して生きている人ならば、恐らく、その違いを、本能的な感覚として察知できるのではないか。この三行は、『古池や・・・』の説明であって、決して、その「匂い」ではありません。少なくとも私はそう思います。

タルコフスキーほどの人は、「翻訳」というフィルターを通しながらも、その「匂い」を的確に感知しえたのだろうと思いますが、勿論私を含めて、一般の人が、他の国の文化というものを頭の上の知識ではなく、その「匂い」まで果たして感知できるか・・・これは不可能に限りなく近いことではないか、と私は思います。

このことは、今度は立場を変えて、私がタルコフスキーの映画を観るときについても言えます。もし私がロシアに生まれ、ロシアの風土にどっぷりと浸っていたならば、上記した映画の場面も、かなり違った印象をもつに違いありません。

「文化」というものは、その国の中で汗水たらして浸らなければ理解できないものだとすれば、そして、映画のみならず芸術一般が、その国の「文化」に深く根ざしているものとするならば、「芸術は世界の誰にでも理解できる普遍的なものである」、と言われがちですが、それも真実なんでしょうが、また反面、必ずしもそうではないかも知れません。

「張り込み」(1958,野村芳太郎)

昭和33年公開の映画だ。

『歌は世につれ、世は歌につれ』と言われたりするが、ここでの歌は唄と書いたほうが合う。自分史における流行唄は其の当時の自分及び自分を取り巻く世俗を、まざまざと思い出させる。 掲題の映画も其の映画に描かれた世俗風景を、自身の追体験として、まざまざと思い出させるモノの一つだ。

この映画は1958年(昭和33年)製作だが、映画に描かれる世俗風俗も昭和33年あたりを時代背景としており此の時代の世俗も丁寧に描写している。昭和33年と言えば私が中学一年生だったが、いろいろな意味で我が半生の節目の一つと言ってよいだろう。

そういう意味で此の映画は私にとって貴重な映画と言える。後年、此の映画をみるとき『ああ、そうだったたな』と懐かしく当時を振り返ることができる。

例えば、以下の場面。(但し、この映画は随分昔みたきりで再見していないから記憶違いがあるかも知れない。)

ベテラン刑事(宮口精二)と新米刑事(大木実)が横浜から九州へと向かう三等列車に乗り込む場面がある。時節は真夏で、新幹線はおろか、車内にクーラーなど無かった時代の話だから、此の場面での列車内の人混みの汗臭さ、鬱陶しさ、雑踏さは、私は実に生々しく思い出せる。

この二人の刑事は犯人の知人宅の向い側にある安宿の二階の部屋に泊まる。その部屋からは犯人の知人宅が丸見えで張り込むのに最適だったからだ。

その知人というのは実は犯人の元恋人で現在は年配な男の後妻となっていた(高峰秀子が好演)。此の元恋人を犯人が訪ねてくるに違いないと刑事たちは、にらみ張り込んだのだった。

この元恋人(高峰秀子)が買い物に出かける場面がある。素足に下駄履きで、片手に買い物籠を抱え、片手に日傘をさしての、まさに昭和を感じさせる商店街へ出かける。この一連の場面も昭和30年前後の風景・風俗が丹念に描写されていて、私には懐かしい場面だ。

この映画のラストシーンも印象深い。刑事たちに捕えられた犯人(木村功)が刑事たちと佐賀駅に到着した汽車に乗り込むのだが、そのとき其のプラットホームから『サガー、サガー』と駅員のアナウンスが流れる。そのアナウンスの日常性と、犯人の非日常性の対比が、切ないほどに際立っていた。見事な野村芳太郎の演出だった。

この映画は時代風俗の描写の見事さも、さることながら、犯人と元恋人との無念さも見事に描写されていて、映画としても第一級品に仕上がっている。私の忘れがたき映画の一つだ。

「ベルリン天使の詩」(1987,ヴィム・ヴェンダース)

パスカルに有名な警句がある。いわく、

『人間は悪魔でも天使でもない。しかし、天使にとしてふるまおうとすれば、人間は悪魔に代わる』

勿論、この警句の訳はいろいろなバージョンがあるだろう。しかし私は上の訳が気に入っている。

人類の連綿と続く暗澹たる闇の歴史、特にホロコーストという悪夢を見せつけられれば
(例えばアラン・レネの映画『夜と霧』等)、このパスカルの警句が如何に正鵠を得たものか思い知らされるだろう。

各々方よ、決して忘れてはならない。この世のウサン臭いモノは・・・天使、悪魔、あるいはナントカ霊の数々・・・なのだ。

こいつらは名を変え品(しな)を変え、変幻自在に人類を欺け続けている。
 『幸福』という名の商品を売りつける実は死の商人なのだ。
***
ところがだ。珍しいことに、天使をやめたおじさん、がいた。
 天使の『永遠の存在』に、うんざりしたおじさん、がいた。

ついでに言うと、アンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』の『作家』も、『永遠の存在』を軽蔑しきっていた。 この『作家』は、こう吐き捨てるように言うのを私は聞いた。
 『永遠(の存在)だと!! 冗談じゃぁないぜ!!

ここで練習問題。 『永遠の存在』が如何に惨めなことかの例を挙げよ。

一つの名回答をお教えしよう。 便所の造花がそれだ。
それがいかに惨めかは多言を要しないだろう。蜘蛛の巣がかかり、ゴミだらけの造花でも永遠に存在しなければならない。 なんとう虚しさだろう。

しかし、この虚しさを凝視した日本人がいた。世阿弥だ。
    『花は散るからこそ美しい』。 
この言葉には『永遠の存在』の虚しさを凝視している。

かの天使のおじさんは、以下のようなものを見るにつけ『永遠の存在』の虚しさを感じていた。

風の舞う木の葉。 流れゆく川。 ゆっくりと動いていく空の雲。 黄昏(たそがれ)てゆくベルリンの街。  やわらかい夕風に髪をなびかせる女性。  些細なことであれ嘆き悲しむ人間たちの姿。  何を苦にしたかビルから飛び降り自殺する若者。

そもそも天使には苦悩など無い。天使には悩みさえない・・・(なんという滑稽さよ)
流れゆく川のながれや、黄昏の夕日の移ろい・・・という時間の流れも哀しさも天使は知らない。

天使のおじさんは、つくづく天使が虚しく思うようになった。
『永遠の存在』にウンザリしてきたのだった。

このおじさんは、サーカスの舞姫の人間の女性に恋するようになった。
天使は人に恋してはならないことになっているらしい。
おじさんは『永遠の存在』の天使をやめることにした。
***
この映画はモノクロームで始まるが、このおじさんが天使をやめ人間になるところから、カラーに変わる。ここにヴイム・ベンダースのメッセージがある。

天使は永遠かもしれないが、彼らには世界は実は灰色一色の世界だということ。
天使は苦悩はないだろうが、結局のところ、苦悩から喜びへという感激も無いということ。

一方、限りある命ある人間は苦悩には満ちているが、苦悩から喜びへの感激も知っているし、この世には、さまざまな色があることも知っている。命に限りがあるからこそ、そのような感激も深く、世界の色も鮮やかなのだ。

人間は、ものが移ろうことの悲しみ哀しみ愛(かな)しみも知っている。
なぜなら、自分たちは永遠ではなく限りがあることを知っているからだ。

天使は淋しさは知らないだろう。なぜなら彼らの『幸福』しか知らないだろうから。
『幸福』しか知らないということは結局何も知らないと同じことなのだ。

しかし人間は知っている。淋しさのなんたるかを知っている。だからこそ涙を通して見た夕焼けの美しさも知っている。
***
この映画は人間賛歌の映画だ。 一貫した、いわゆるストーリーはない。
映像による詩と確かに言える映画であり、私も最も好きな映画の一つだ。

最後に忘れてはならないのは、ユルゲン・クニーパーのBGM
実は、この映画で最も私が気に入っているのは、このBGMだ。おそらく演奏はチェロだと思う。


そして、ピーター・フォークに合掌。コロンボさん、いい役してましたね。)

「翼よ、あれが巴里の灯だ」(1957,B.ワイルダー)

此のちょっとロマンチックなタイトルはビリー・ワイルダー(1957年)の映画の邦名である。

この映画の元の題名、及び、C.A.リンドバーク著作の本の原作名は『The Sprit of St. Louis』で、邦名に比べればミもフタもない単刀直入なタイトルだ。

私は此の映画は少なくとも3回は観ている。
翻訳本も読んだ。

リンドバークって人は英雄には違いないだろうが、私の印象では典型的なエンジニアに見える。

工場( こうば )の片隅で図面を見ながら機械油の染みた作業服を着て、こつこつと機械を眺めスガメつ黙って終日明け暮れているようなイメージの人だ。

私の最も好むタイプの人は、こういう人だ。

時々私はテレビで、紙吹雪が舞うリンドバークの凱旋行進の実写ニュースを見ることがある。

このときの彼は熱狂する人々に向かって、車上で一応手を振り、居心地悪そうな表情で微笑している。

この人は此のような晴れ舞台というものが苦手なのだろう。

日本語訳の本(旺文社)は上下2巻で780頁の本だが( 書き上げるまで13年間かけたそうだ )、その内容は、およそ文学的虚飾とは無縁の、言わば実験報告書のような感じで、いかにも此の人らしい本だ。

この本では彼の愛機を自身の親友のように人格化し、彼と愛機を『われわれは』と表現している。

此の人の人柄がよく出ている映画での場面は、大西洋横断が成功した後、彼は誰も居ない格納庫に収められた愛機に向かってツカツカと歩いていき、その愛機を、そっと撫で、またツカツカと歩き去っていく場面だ。

この場面の彼には自己陶酔も感傷も感じさせない。

それは、あたかも友人の眼をみつめ黙して握手しているような感じだった。原作の味が実によく表現された場面だ。

この原作の本は邦訳で780頁もあるが、以下の言葉で終わっている。

『私は照明灯と格納庫のほうに滑走し始める。・・・しかし、前方の飛行場は走って来る人の波で埋められているではないか ! 』

たった、これだけの言葉で780頁の本が終わっている!!

ここには、後世にも残る冒険をやり遂げた人であるにも関わらず、そのことへの自己陶酔や感傷の片鱗すら感じさせない青春の『すがすがしさ』がある。

ジェームス・スチュアートは陸軍のパイロットの経験があるそうだが、まさに適役であった。ジェームス・スチュアートという人にも或る清明さがあり、リンドバークにも其れがあるからだ。

「麦秋」(1951,小津安二郎)

この世の、まぎれもない事実の一つは、『ときは過ぎゆく』ということだ。この事実だけは誰も逃れられない。

この事実を、とぎすました感覚で映像表現したのが、小津安二郎の『麦秋』という映画だ。

この映画は、1951年の製作だから、もう、60年以上前になる。

小津安二郎自身が此の映画について、『ストーリーそのものより、もっと深い《輪廻》というか《無常》というか、そういうものを描きたいと思った』と語っているそうだ。

小津映画独特の、あのマニアックと言ってもよいような時間と空間の感覚は此の映画で極まれり、という印象を私は持っている。世評の高い『東京物語』よりも私は此の『麦秋』に深みを見る。

『東京物語』に感ぜられる或る種の「説教くささ」は此の『麦秋』では昇華されていて、この映画に底流している或るモノが何度となく此の映画に顔をのぞかせている。

其の或るモノとは『ときは過ぎゆく』という、かすかと言えばかすかな諦観だ。

それを感じさせる幾つかのショットがあり、それは老夫婦が見上げる初夏の空と雲であったり、カラカラと回る風車であったり、少年たちが海辺の道を歩くときの白い波であったり、また此の映画のラストの麦秋の中を遠く行く花嫁たちであったり・・・。

それらのショットの何気ない寡黙さが、その寡黙さゆえに、この映画を観る人の心に其のモノを沁みこませてゆく。

『ときは過ぎゆく』ということは、どの国の人々にも共通の普遍的なことだから、小津安二郎の映画が外国でも評価されている、ということは当然のように思われれる。

「たそがれ清兵衛」(2002年,山田洋二)

かなり前のことになるが、BS日テレで此の映画が放送されたので観た。
何か月前か、NHK BSでも放送されたが其れも観た。 同じ映画を続けて観るというのは私には稀有のことだ。それだけ私には此の映画が面白かった。

私は藤沢周平の原作も読んでいるが、私感ながら映画のほうが面白い。勿論、映画は藤沢周平ワールドというべきものが良く表されているが、必ずしも原作に忠実ではなく、例えば映画では清兵衛の娘の回想として話が展開していく。

その回想はナレーションで展開され、(確かビリー・ワイルダー監督の『麗しのサブリナ』もそうだったと記憶しているが私の勘違いかも知れない・・・このナレーション役即ち成人した娘役は岸恵子だったが、そのユッタリとして落ち着いたナレーションは聞きとりやすく私は好感をもった。

また原作では登場人物の会話は標準語でなされているが、映画では東北・庄内弁で会話され、その飾らぬ田舎くささも此の映画の奥行きの深さを感じさせていた。

山田洋二監督は此の映画の時代考証に1年以上かけたという。確かに、昔の東映チャンバラ映画のような、いかにも安直な子供騙し作り・・・これはこれで楽しめる映画も多いが・・・とは一味も二味も異なり、黒澤明流のリアリズムが此の映画にはあった。

やはり此の映画の成功は其の演出と脚本と役者たち(真田博之や宮沢りえ等)に負うところが大だろう。というより此の映画のスタッフ全体に負うとこが大きいのだろう。ならばこそ数々の受賞、とりわけ作品賞が与えられたのは首肯できる。

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私が此の映画で最も印象的な場面は、清兵衛(真田博之)が藩の命を受け決闘に行く直前に、朋江(宮沢りえ)に自身の身仕度を依頼する箇所だ。急を知った朋江は清兵衛宅に駆け付けるが、清兵衛の身支度をすべく、すばやく襷(たすき)がけする。

この襷を、さっと素早くする其の行為が私には実に美しく見えた。

襷がけとは、和服が着られなくなった現在においては日常生活において、ほとんど見られなくなったし、そのような機会の無い人は襷がけする方法も知らないだろう。

 私は襷がけした和服姿を美しく思う。

 何故というに、この襷がけという行為は和服の袖や袂が邪魔にならないように紐で袖や袂をしぼる実用のための行為であるからだ。

その行為は虚飾とは全く無縁であるのみか、その襷がけした和服姿そのものが私は美しく感ずる。

 朋江は、勿論、普段着のままで、さっと素早く襷がけする。

 私は此の何気ない動作に惹かれた。それを見たさに此の映画を二回も続けて観たと言っても過言ではない。

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豪華絢爛たる和服は私は好まないが、質素な和服には惹かれる。

質素な和服を着た日本人は最も日本人らしく美しい。
 襷がけした質素な和服姿は、それが利に叶った合理的な姿であるが故に更に美しい。

私は此の映画をみて其れを再認識した。

「イレイザーヘッド」(1977,D.リンチ)&青春の特権

人生の換え難き時期が青春期だとするならば、その時期でなけれは制作不能の思われる映画の典型として私は此の映画を挙げる。

若きデヴィッド・リンチが5年の歳月をかけて、自身が監督・脚本・美術・編集をして作りあげた1977年(米国公開)の映画だ。

この映画は、深夜の映画館で一部の若者たちに熱狂的に支持された、いわゆるミッド・ナイト・カルト映画の典型と言われたりする。当然なことだ。

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青春とは何か? 

青春とは、自身の内部に在るモノを、とことん突き究める「一途さ」だと私は思っている。

其の「一途さ」は換言すれば「自己への盲信」だが、その「盲信」こそ青春の特権だと私は思う。

人は歳を重ねるにつれ、人世のアカ(良く言えば知恵)が付着していき、青春の持つ、そのような「一途さなり自己への盲信」を失っていく。いわゆる「まるくなる」のだ。

では此の映画の「一途ささ」とは何か?

それはデヴッド・リンチの頭の中に在るイメージを徹底的に追及し其れを映像としてイメージ化する、そのような行為の「一途さ」だと私は思う。

だから此の映画には商業的な成功や、更に観客の存在すら一切眼中になく、自身の持つ内的イメージの徹底した映像表現の追及、それしか存在しないように思える。その徹底ぶりは痛快ですらある。

此の映画は、デヴッド・リンチによる、デヴッド・リンチためだけの、デヴッド・リンチの動く絵画集であり、それ以外の何物でもない。

このように徹底した自己満足による究明を行う・・・それこそ青春の特権と言えるのではないか。

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但し還暦過ぎて、此の映画をご覧になっていない方は、ご覧にならない(←タイプミスではない)、ご覧にならないことを勧める。 私が以下の感想をもつようになったのは此の映画を数回観た後の感想だから。

「サイコ」(1960,A.ヒッチコック)

私は此の映画で好きなシーンは山ほど有って、と言うより始めから最後まで全てお気に入りでしてね。 つまり、此の映画は一つのシーンも無駄のない映画の典型だと私は思ってます。 その中で私が特に好きなシーンは、ジャネット・リーの車での逃避行の一連の場面ですね。 この逃避行の場面の最初のほうで道路の信号が赤となり、歩道を渡るエキストラの中にヒッチコックが歩いていること、ご存知でしたか。例によってのヒッチコックの「お遊び」です。

この逃避行の一連の場面で、車を運転するジャネット・リーの顔が真正面からクローズ・アップで写され、彼女の微妙な心理状態を、クローズ・アップされた彼女の顔の表情の変化で表現しています。口をキッと結び不敵に薄笑いしたり、不安そうな表情になったり。彼女の揺れ動く心理をカメラはじっと真正面から「見つめて」いる。

彼女の心に聞こえてくるのは、既に発覚しているであろう犯罪で騒いでいる人々の声。
その声を、この映画では実際に観客にも聞かせる。そのことによって、彼女の犯罪が、具体的にはどのように進行しているのかを観客に教えている。 その経過を、いちいち映像として説明はしないで「声」のみで表現している。つまり映像の省略ですね。

この映画にダラダラとした冗長さがないのは、こういう余分な映像の省略があるからです。登場人物のセリフによって余分な映像を省略するという技法は此の映画のいたるところで使用されています。それが何処で使われているか。それに注意して観るのも此の映画の楽しみの一つです。

雨が降ってくる。ジャネット・リーはワイパーを激しく動かす。既に夕方で外は暗い。対抗車のライトが眩しそうに彼女は顔を歪め、ふとベイツ・モーテルと書かれた看板を道路脇に見つける。私はこの一連の場面も大好きですが詳細は割愛します。

ここでジャネット・リーが見た館の光景は、格別に私は忘れ得ません。
雨上がりの暗い雲が動く夜空を背景とした館を、無音でカメラは遠方から移す。
その館の何とも言えぬ不気味さ。このワン・カットだけでも私は此の映画が気に入りました。

ともあれ、このモーテルてジャネット・リーはノーマン・ベイツ (アンソニー・パーキンス) と会話する。 その会話で、私(観客)は、ノーマン・ベイツには彼の母親が館に居ることを知らされる。

そして以下は私の最も好きなカメラ・ワークについての、お喋りです。
ストーリーは少しとばします。

ノーマン・ベイツは、彼の母親の危険を察知し、母親を隠すところの場面です。

彼は館に入り階段に向かう。カメラは彼の背後を追う。
彼は階段を昇り、母親の部屋に入るのですが、カメラは階段から母親の部屋へと、せり上がるように昇り、ゆっくりと母親の部屋のドアに向かいドアの手前で静止する。

すると部屋からは、母親とノーマン・ベイツの言い争う会話が聞こえる。
その会話の途中、カメラは、ゆっくりと後方に動き、更に、天井 (母親の部屋と階段通路での天井 )へと、ゆっくりと、せり上がっていき天井に張り付くようにして静止し、その通路を真っ直ぐに映す。

するとノーマン・ベイツが母親を抱えて部屋から出てきて、階段へと向かい、階段を下りていく。カメラは相変わらず静止して、かれらの行動を「凝視」している。

カメラは天井から見ているわけだから、この二人を頭上からみていることになり、母親は頭部しか見えず顔は当然見えない。

と言うことは観客は、母親の頭部しか見ていないことになり、実は、これが此の映画の重要な伏線となっているのですが、私を含めて、おそらく全ての観客は、この場面に何の不自然さも感じなかったでしょう。

このカメラ・ワークによる完璧なまでの母親の正体の隠蔽は見事なもので、それだからこそ、母親の正体が暴露されるシーン (ジャネット・リーの妹が地下室で体験する、あのシーン) の衝撃は強烈なものとなりました。事実、この場面でも観客から悲鳴が聞こえたものでした。

このカメラ・ワークは二度使われています。あの私立探偵が刺殺される場面がそれです。
カメラは天井に静止したまま私立探偵が母親から刺殺されるのですが、この場面での母親は頭部しか写されていないし、それも観客は何の不自然さも感じなかったでしょう。
事実私は、てっきり母親が刺殺したのだと、何の疑いももちませんでしたね。

この場面も白イルカさんの言われるとおり、ショックな場面でした。
この歯面で、私立探偵が階段を、あお向けに倒れていく姿をカメラは正面から写すのですが、どのように撮影したのでしょう。これもヒッチコック映画の撮影技法の一つでしょう。

上に書いたカメラ・ワーク。つまりカメラが、ノーマン・ベーツの背後を追って、天井に静止するまでのショットはヒッチコックはワン・カットで撮りたかったでしょうね。しかし、それは無理だったようで、この一連の場面をよく観ていると、母親の部屋のドアを写すところでブラック・アウトとして、そこでカットが接続されているようです。

しかし、私には、ほれぼれするカメラ・ワークです。これによって私は完璧に「だまさ」れましたよ。

ところで此の映画の最後の最後の場面で、「母親」になったノーマン・ベイツの顔が、一瞬、骸骨になる (コンマ何秒か) のに、気がつかれましたか。よく観てないと分からない、このカットは、それを知らない観客に、この映画を観終わった後にも、なんだか後をひく怖さを残すヒッチコックの技でしょう。観客は無意識にせよ、この母親の骸骨を見ているはずですから。