その1:
『麦秋』の原節子に比べて、この映画の岩下志麻は古くさいな。
そこに、この映画の限界の一つがあるんだな。
原節子:『私、後悔はしません。』
岩下志麻:『お父さん。おまかせします。』
ここだよ、この映画の問題は。『麦秋』に比べて11年後にも関わらず。
その2:
原と岩下。つ ま り ね。
原には己の人生を己で引き受ける勇気があった。
岩下は、己の人生をアナタまかせ、っていうこと。
わかんない? 芸術云々じゃぁないんだよ。
この映画は『麦秋』よりも明らかに退行している。
画面が技術的に綺麗になっただけなんだよ。
これが遺作だとは。小津フリークのおれとしては残念なんだな
その3:
『岩下志麻の心理を導く小津の演技指導のマニアック性』
『岩下志麻は巻尺を手で回す場面で何度やってもOKが出なかった。
小津が『もう一回』『もう一回』といい続け、
岩下はNGを80回まで数えて後はわからなくなったという。』
80回!! どう思う? これ。
おれは、今回、BS放送で、この箇所を注意して見てたんだけど、
別に、どうという場面ではなかった。
しかし深入りして考えると、こういうことかも。
つまり、岩下が巻尺を回し終わってところで巻尺をダラリと落とす
のだが、その落しかたね。
『もう、いいや』って感じがしなくもなかった。
80回もやらされたら『もう、いいや』って実際なるだろうよ、
演技そのものに。
それを恐らく小津は狙っていたんだな、きっと。
すなわちだな、岩下には自身の結婚にふっきれないモノが実はあった。
しかし、『もう いいや。お父さんの言うようにしよう。』
って、ふっきれたわけよ。
決して、岩下志麻は、父親が操るお人形さんではなかった。
『麦秋』の原節子と同じ、心揺らめくデリケートな娘だったわけさ。
たまたま、歩み行く道の方向が違っただけなのよ。
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